第四回 土屋ディレクター

J SPORTS online shopがお届けするワールドカップ直前特集ページ「私の記憶の中のワールドカップ」
J SPORTSの放送でもお馴染みのサッカー解説陣を中心に、記憶に残るワールドカップの名勝負や、オススメの大会について語っていただきました。

第四回はサッカー情報番組「Foot!」の土屋雅史ディレクターにお話を伺いました。

J SPORTS online shop(以下shop):本日はお忙しい中ありがとうございます。
DVDをご覧になってみていかがでしたか?

土屋ディレクター(以下土屋):一番興味があった1986年を見ました。
86年は、自分が初めて見たワールドカップで、かろうじて覚えています。
実際の試合内容はそんなに覚えていないけど、デンマークがセンセーショナルな活躍をしたのを覚えています。エルケーアという赤鬼のようなゴリゴリいくFWの選手がいて、雑誌の切り抜きをカンペンに貼ったりするくらいエルケーアが大好きでした。
1986年大会DVDにもエルケーアが出てきたので、改めてエルケーアの偉大さを感じました。 

shop: その頃のワールドカップは日本にとってどのような位置づけだったんでしょうか?

土屋: 日本が出られるような大会ではなかったと思います。
85年のワールドカップ予選の日韓戦の際、木村 和司(現横浜マリノス監督)が、すごいフリーキックを決めた試合というのがありました。
そんなこともあり、それまでのワールドカップと比べて、日本のサッカー好きが強くワールドカップを意識した大会だったんじゃないかなと思います。

shop:日本が出場した1998年、土屋さんは何をされていましたか?

1_3土屋:大学1年生でした。全試合ライブで観ようと思ってたのですが、遊んでいて見られない試合もありました。
当時はあんまり強豪国とか関心無かったですね。
強豪国だとヨーロッパのリーグ戦でも見られるけど、アフリカとか南米のあまり強くない国がワールドカップだと見られるので楽しみにしていました。
特に90年94年98年くらいまでそういう気持ちがあって・・・その頃はナイジェリアを応援していました。

当時ナイジェリアは強かったんです。

1998年大会のグループリーグでスペインに3−2で勝って、これはもしかしてかなりいいところまでいくかもと思っていましたが、決勝ラウンドの一回戦でデンマークに負けてしまうんですね。

夜中の3時、4時にキックオフだったと思うのですが、不覚にも寝てしまって・・・。
目が覚めたら4−1で負けてたんです!
まさかそんなところで負けるとは思ってなかったから、信じられない気持ちだった。
そこで私の心のワールドカップは終わっちゃったんですよね(笑)。

ただ、その後デンマークはブラジルに準々決勝で3-2のすごく良い試合をしています。
デンマークは元々ポテンシャルもあったし、強いチームです。
ただグループリーグの時はそんなにいい出来じゃなかった。
それに比べてナイジェリアはすごくグループリーグの出来が良かったから、まさか負けるとは思わなくて・・・悔いが残るよね。
それ以降その試合は、頑なにビデオでも見ていません。

Shop:本当にナイジェリアが大好きなんですね。

土屋:僕が一番好きなナショナルチームはナイジェリアなんですよ。
僕がオススメしたい大会は二つあって、そのうちの一つが94年大会です。
この大会にナイジェリアが初出場しました。
初戦のブルガリア戦は3−0でナイジェリアが勝利します。
1点目を獲ったのはイエキニという選手だったのですが、ゴールの直後、ゴールネットを掴んで『ウオーッ!!!』と興奮して叫んでいた姿が、すごく自分にとってセンセーショナルでした。
そのパフォーマンスがすごくアフリカらしいというかワイルドで、ほとばしる情熱がそのシーンに凝縮されていたんです。

2点目はアモカチという選手が、ゴール前でキーパーともつれたんだけど、すごい速度で立ち上がって思い切りドカンとゴールしたんですよ!
その立ち上がる速度とドリブルで出すボールの感覚の違い、ヨーロッパの選手にはない間合いの取り方が本当に見事な2点目でした。

3点目はアムニケという選手が、ものすごいエビゾりみたいな体勢からヘディングを見事に決めていました。

その3点だけでも心を鷲掴みにされた人は多いと思いますよ。4
そのくらい面白いチームだったし、もうそれだけで自分も大ファンになりました。

次戦のアルゼンチン戦では、シアシアという選手がすごいきれいなループを決めて、先制しますが、アルゼンチンのカニーヒアが、マラドーナからパスを受けてゴールを決めて、結局逆転負けしてしまうんですが・・・

最後はギリシャに勝って、決勝トーナメントでイタリアと対戦します。

イタリアはバッジョがいたのですが、ケガを抱えていたこともあり、グループリーグは不調でした。
その試合もナイジェリアのアムニケがコーナーからポコッと決めて、ナイジェリアがこのまま勝つのかという時に、なんとバッジョが残り2分くらいで同点ゴールを決めます。そしてその後も延長でバッジョがPKを決めて、イタリアが勝利します。

バッジョにとってはあの試合がターニングポイントになっていたと思います。

今回、南アフリカ大会が開催されたのも、アフリカ勢が上位に進出してきたからというところが大きいと感じています。

アフリカ勢の中から強豪チームが出始めたのが、90年のイタリア大会だと思っています。この大会は私がオススメしたいもう一つの大会です。

当時、祖父に90年大会の「50ゴール」と言うビデオを買ってもらって繰り返し見たので、この大会はどの試合もどのゴールもぱっと思い出せるほどよく覚えています。

この大会でカメルーンが開幕戦でアルゼンチンと対戦するんだけど、前回優勝国で、マラドーナもいたアルゼンチンに退場者を2人出したカメルーンが勝利します。
このとき、オマン=ビイクという選手が得点を取るのですが、アルゼンチンのDFの頭の位置に腰がくるくらいのものすごいジャンピングヘッドでゴールにダンっと叩きつけました。

開幕戦ということもあり、すごく注目された試合で、『カメルーンてこんな奴いるんだ。カメルーン強いんだ。』と世界中にカメルーンの強さが印象付けられたと思います。
カメルーンは結局グループリーグも勝ちぬけて、決勝トーナメントにも出場します。
決勝トーナメント一回戦はコロンビアとの戦いだったんだけど、コロンビアには金髪アフロのバルデラマというMFと、長髪に髭のイギータという、風貌がものすごく個性的な二人組が居て(笑)。

当時まだバックパスを手で取っていい時代で、キーパーが足技を要求される時代ではありませんでした。
イギータはペナルティエリアをぼんぼん飛び出して、下手したら相手を抜いてしまうようなGKだったんです。
90年の段階でイギータは時代を先取りした、足技が使える選手だったので、その大会でもかなり注目をされていました。

決勝トーナメント一回戦のコロンビアvs.カメルーンは生で見てたんだけど、イギータがハーフウェーライン付近でボールをトラップしようとしたら、それをかっさらわれてゴールを決められたんです。
それが結局決勝ゴールになるんですが、この試合は自分の中でベスト3に入る試合になんですよね。
その試合でゴール決めたのは、ロジェミラというおじさん選手で、本当は元々代表に入る予定じゃなかったのに、大統領が無理やり権力を使って代表にしたというエピソードがあります。
急遽指名を受けて、結局活躍しちゃったんですよね。

90年のカメルーン、94年のナイジェリア、98年もナイジェリアが強かった。この流れがあって2002年はセネガルがベスト8に入ります。
2006年はガーナがベスト16で、ブラジルに負けたのがアフリカ勢の最高成績だったけど、ようやくアフリカ勢がグループリーグを抜けて決勝トーナメントに出れるようになったというのが、間違いなく今回の南アの大会につながっています。
その一番最初のアフリカ勢の躍進がこの90年のカメルーンだと思うんです。

90年大会は一般的にはつまらない大会だと言われています。
大会全体の総得点数も少なかったし、決勝戦もPK1本で勝負がついた試合だったから、あんまりこの大会を面白いと言う人はいないんだけど、自分にとっては初めて本腰を入れてオンタイムで見た大会だし、祖父に買ってもらったビデオで10年間繰り返し見た大会だからイチオシです!

shop:90年大会の選手達は、Jリーグにも多く来ましたよね?

3土屋:そうそう。各国の主力が指折るくらいJリーグに出てきました。
リトバルスキーや、スキラッチというこの大会の得点王、ジョルジーニョやドゥンガやベベットもそうですね。特に90年大会の主力選手は、その後Jリーグにたくさん来ていると思います。
それにワールドカップの得点王は、結構Jリーグに来ているんです。
86年のリネカー、90年のスキラッチ、94年はブルガリアのストイチコフという選手達で、3大会連続でワールドカップの得点王がJリーグに来ました。

世界に名だたるスターが、みんな日本に集まってきていた時代でしたね。
そういう意味では9094年大会は日本のサッカー好きが、日本のスタジアムでJリーガーとして見ていた選手たちが活躍している大会という見方も面白いかもしれない。
オシムもこの大会はユーゴスラビアの監督をやっていて、もしかしたらカメルーン以上にサプライズで高い評価を受けたかもしれないですね。

大会ベストゴールはストイコビッチだと思っていて、決勝トーナメントの1回戦で強豪のスペインと対戦して2-1で勝って、2点を両方ストイコビッチが獲るんだけど、1点目は左からあがってきたセンタリングをキックフェイントでトラップして、その間にスペインのDFが引っ掛かって、2人流れていったところでストイコビッチが冷静にゴールを決めるの。
これが自分の中のベストゴールかな。

Shop:日本でのワールドカップは見に行かれたのですか?

土屋:2002年日韓大会は2試合見に行きました。
2002年は大学卒業する年だったんだけど、サッカー馬鹿だったからどうしても学生でワールドカップを見に行きたくて、わざと8単位落として自主留年しました。
当時は普通の学生だったから抽選でチケットを取りました。家族4人分と今の奥さんの家族の名前を使って、ようやく2試合分のチケットを入手しました。

まずはロシアvs.チュニジア。
家族で見に行ったんだけど、社会人になったら家族で旅行する機会が少なくなると思っていたし、試合が神戸だったので、試合に行くついでに家族で観光ができたり、ご飯を食べにいったりとか、ホテルに泊まったりとかすごく楽しかったですね。
母親がすごくノリノリでチュニジアという縁もゆかりもない国を応援していて・・・
普段そういうことをしない人なのにそれを見てワールドカップってすごい影響力なんだな、と思いました。土屋家にとってはすごくいい思い出です。

shop:すごくよくわかります!うちもそうでした。
2002年大会は家族で一丸となって応援していました。

2土屋:お祭りだからね。サッカーには本来そういうところがあって、Jリーグでもアウェーに家族で応援しに行ったりすることってあると思う。
親も見に行きたくて、子供を休ませてでも見に行きたい!そういうハードルも乗り越えちゃうのがワールドカップなのかもしれないよね。

2002年大会にはもう一つ思い出があって、本戦でナイジェリアの試合を見ることはできなかったのですが、マリノスとの練習試合を平塚で見ることが出来たんです。
その日は就職の面接だったんだけど、面接をそこそこに終えてスーツからナイジェリアのユニフォームに着替えて妹と一緒に平塚まで見に行きました。
初めて生でナイジェリアを見られるチャンスだったから、すごく嬉しかったな。
ワールドカップじゃないけど、ワールドカップにまつわるエピソードとしてすごい記憶に残っていますね。

shop:今回もそういう雰囲気の大会になるといいですよね。

土屋:そうですね。
ただ、今回は世界で一番治安が悪いと言われている国で開催されますから・・・
次のブラジルも世界で2番目に治安が悪いという国で開催されるし、日本人としては行きにくい場所ではあります。ただ、ブラジルでワールドカップが開催されると言ったら、絶対に全世界中が盛り上がります。
ブラジルで行われるのは1950年以来なので、64年ぶり。
『決勝でウルグアイに負けて、スタジアムで何人もの人が心臓麻痺で亡くなった』というサッカー大国ぶりを表すエピソードもあるような国なので、2014年は南アフリカとはまた違って治安の悪さも乗り越えてしまうような、楽しみなワールドカップではあります。

Shop:日韓大会の時にもう一試合見た試合は何戦でしたか?

土屋:アイルランドvsサウジアラビアを横浜国立競技場に見に行きました。
当時強かったリーズというチームにアイルランド人選手が何人かいることを知っていたので、リーズのユニフォームをスタジアムに着て行きました。
アイルランド人が喜ぶんじゃないかと思って(笑)
そうしたら、やっぱりアイルランド人がものすごく関心示してくれました。

英語だけど、とりあえずチーム名と選手名さえわかればなんとなくコミュニケーションできるから、自分が知ってるリーズにいる選手の名前を3人くらい言ったら、ものすごい反応が返ってきて、みんなで踊ったり飲んだりして盛り上がりました。
そういう交流ができることもワールドカップの良いところだと思います。

反対にそういう縁もゆかりもない異国のチームを応援することがなければ、ワールドカップの楽しみも半減すると思うし、世界大会を催す意味があるのかとも思います
世界中の人が集まって、世界中の人と交流できるのがワールドカップですよね。

【編集後記】
取材中に、まるでその試合を目の当たりにしているかの如く流れるような言葉で、試合内容や選手について解説してくださった土屋ディレクター。
サッカーにかける情熱は、ショップスタッフの想像をはるかに超えていました。
アフリカサッカーのすばらしさや、サッカーの歴史、初期のJリーグ等々、サッカーに対する博識ぶりに脱帽です!!
サッカー観戦の良さは、人との交流が生まれるところにもある、という言葉に深くうなずきました。
家族や友達とはもちろん、観戦の場の雰囲気にまかせて出会った人と会話をするのも楽しいですよね!

まもなく開幕する2010年ワールドカップ。
その前に自分の思い出のワールドカップをDVDで振り返り、会話にひと花咲かせてみるのはいかがですか?
土屋ディレクター一押しの1990年大会1994年大会も絶賛発売中です。

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第三回 倉敷 保雄さん

J SPORTS online shopがお届けするワールドカップ直前特集ページ「私の記憶の中のワールドカップ」。
J SPORTSの放送でもお馴染みのサッカー解説陣を中心に、記憶に残るワールドカップの名勝負や、オススメの大会について語っていただきます。

第三回はサッカー情報番組「Foot!」でお馴染みのフリーアナウンサー倉敷 保雄さんにお話を伺いました。

J SPORTS online shop(以下shop):本日はお忙しい中ありがとうございます。
早速ですが、最も印象深いワールドカップを教えてください?

倉敷 保雄(以下:倉敷氏):ベッケンバウアーやクライフが活躍していた74年の大会を一番真剣に見ていたと思います。

2 TM NETWORKの曲にも「1974」という曲がありますけど、忘れられないことがいっぱいあった年でした。中日ドラゴンズファンにとっては、ウォーリー与那嶺でリーグ優勝を果たした年ですし・・・

また、この頃はどんな競技にもヒーローがいた時代です。
例えば、ベッケンバウアーやクライフ。
ただ、彼らを見ていると他にもベルティー・フォクツ、ニースケンスと言った選手いたんだという風にだんだんと色々な知識が増えていくんです。

同じように同時代のテニスだと、ボルグかマッケンロー。
マッケンローの真似はしたいけどできないんですよ。彼は左利きなんです。
そういう風に見ていると、他にも『イワン・レンドルっているじゃん。』などと、また知識が広がっていきます。また、渋いところだと、ルコントという選手やマンスール・バーラミが面白いとか・・・
象徴的なヒーローを軸に、どんどんマニアなファンになっていくんです。

そういうヒーローを見つけて、そこから知識が広げていくという点で、ワールドカップのDVDを見ると言うのは、非常に面白い。
知的好奇心をくすぐるという点で何かのきっかけになる気がしますね。

種があって、その種を蒔くということが、自分たちが(DVDを)見るという時間で、そこからどう枝葉が広がっていくのか。
そして周りにいる人たちが肥料であったり、水だったり、太陽だったりという形がなりたつと思います。フットボールというのは周囲の環境がとってもいいので、たくさんの人が余計なことを教えてくれる。
余計なことを教わる中で、自分なりにどう楽しんでいくのか。
色々な発見があると思うんです。

例えば、1986年のメキシコ大会の中でもマラドーナの5人抜きはとても有名です。
先日僕はNHKの山本浩さんに直接お話を伺う機会がありました。
2人で話している中で凄い!と感じたのは、メキシコのアステカスタジアムというのは、2300メートル以上の高地で、その高地の中でマラドーナが5人抜いているという凄さ。
そして、とても短い時間の中でマラドーナは2点取っているという凄さです。
世界最悪のハンドをして取った一点。次の一点が世界で最も美しい5人抜きをして取った一点。たったその数分の間にマラドーナは悪魔と神になっている。
そういう話を聞いてから、DVDを見るとまたちょっと違うじゃないですか。

今マラドーナがどうなっているかというと、2010年は監督になっていてすごく苦労しているし、『飼い犬に手を噛まれる』という言葉がありますが、彼は自分の飼い犬に顔を噛まれて何針も縫うケガを負っているんです。それを隠すために、キューバのカストロ議長みたいなひげを蓄えているマラドーナの過去というものを見ていくのも面白い。

見ていく楽しみというのは、偉大な選手とともにあって、色々な物語が続いていくのを確認する行為だと思うんです。
どこを好きになるかという点で、DVD-BOXというのはすごく面白いと思います。

Shop:今だから見てみたい試合や大会はありますか?

1倉敷氏:やっぱり70年代かな?
ただ、66年のイングランド大会を見直してみたいというのはありますね。
今年の12月に次の大会の開催地が決定するのですが、イングランドにまたワールドカップが戻るのか?に興味があります。

1930年に第一回大会が開催されましたが、100周年となる2030年大会の開催地が早くも睨まれているそうですね。
今、2010年の大会が間近に迫っていて、次に18年と22年が決まるんですよね。
そうすると26年が決まっていってと、どんどん決まっていくのですが、『ウルグアイに100周年大会をもう一回戻そうじゃないか。』という話が早くもあるみたいです。
そうなると、このDVD-BOXの続きの話になるんじゃないかと思うのですけど、もし生きていられたら、そこまで見たいなという気がしています。
そのための予習として、一番始めの大会というのは見ておいたら面白いかもしれないと思います。

Shop:2002,2006年にワールドカップの実況をされていかがでしたか?

倉敷氏:2002年大会で僕が実況を担当したのは、日本代表が初めて勝ち点をとったベルギー戦と、初めて勝ったロシア戦。
それと、最後にオリバー・カーンがゴールポストに背をつけて打ちひしがれていた決勝戦。

印象に残ったのは、ブラジルのカフーが、とにかくワールドカップの台に乗りたがったんですね。
ぐらぐらしているので大丈夫かと監督も心配をしたんですけど、彼が乗りたがっているのでみんなで支えて乗せていました。
そこにキャプテンのカフーが乗って頭の上にトロフィーを掲げて、まるで少年のように喜んでいました。

そこにちょうど日本の演出で、「夢の翼」というようなキャンペーンが行われていて、日本全国津々浦々の子供たちが折った折り鶴を横浜国際競技場に集めて、それをワールドカップの優勝が決まったら、飛ばすイベントがあったんです。
これが僕らの放送席の上から落とされて・・・『落とされた』と言う表現は正しいのかな?とにかく飛んだんですよ!
折り鶴って飛ぶんですね。折り鶴が飛ぶとは思わなくて。いわゆる鳥のようには飛ばないですけど、くるくる回転しながら風に乗って、飛ぶように降りてくるんです。
それがものすごい数で、何万という折り鶴が後から後から降りてくる。
それをいつまでも見ていた覚えがあります。
解説が原 博実さんだったんですけども、記念にぜひ持ち帰りたくて二人で後で取りにいきました。そのときの折り鶴は今も自宅に飾ってあります。

印象的だったのは、ベルギー戦です。
ゲームでいうとベルギー戦というのは勝てた気もするし、負けていたかもしれない。
やっぱり勝ったロシア戦の方が印象的だったという人もいると思うんですが、僕は断然ベルギーなんですね。
ベルギー戦の埼玉スタジアムの空気は、生きていました。

Shop:Jリーグで実況される時とは違いましたか?

3倉敷氏:違いましたね。
世界の中ではいくつか、息吹を感じるというか、命が宿ったことを感じるスタジアムがあるんです。
まるで血が通ったような・・・
そういう実感はJリーグの時にはなかったんですね。
Jリーグの時も熱狂はしているし、情熱も感じる。ただ、鼓動は感じない。
でもあの時の埼玉スタジアムは、とにかく全員が日本を勝たせようとしているような不思議な大気に満ちていました。

そんなスタジアムの空気の中、鈴木隆行がゴールを決めました。
僕は何回も言っていることなんですが、彼の足をもう1センチ伸ばしたのは、間違いなくスタジアムの雰囲気だった。だから届いた。
そしてボールがゴールに吸い込まれていったのが、忘れることができないシーンだったと思うんですよね。

Shop:サポーターだったり、熱気だったり、というところが大きかったということでしょうか。

倉敷氏:そうなんでしょうね。体温なんです、それは。
熱気や声もそうなんですけど、何かが違うんですよね。
熱気や声があるスタジアムというのは、それこそJリーグの普段の浦和レッズの中にもあるんですよ。
でも、全ての人の心が一つになっていて、一つのボールを追っていた。
もっと細かく言いますと、一挙手一頭足、足の関節まで、気持ちが集中していたスタジアムというのを僕は見たことがなかったんですね。

それを初めて見たのがベルギー戦の埼玉スタジアムだったので、印象的でした。
時々鳥肌が立つようなことってあるんですが、あれはなんなんでしょうねえ。
良いコンサートやオペラに出会った時に、自分がまるで舞台に上がっているように錯覚することがあるんです。
劇中1人になっていたりとか、『彼はこんな気持ちだ。』、『彼女へのこんな悲しい気持ちなんだろうな。』と思えるような雰囲気、音楽もそうだし、会場の冷ややかな感じもそうなのかもしれないし、隣の人もそれを見ることに協力してくれているような一体感を感じる劇場があるんですけど、スタジアムというよりは劇場という言葉を使った方が正しいのかもしれませんね。

もちろん中継に関しては、反省ばかりで今だったらもっとうまくやれると思うこともあります、あのテンションではもうできないとも思うこともあります。

Shop:2002年のベルギー戦では、鈴木選手が得点した際の『ゲットォ〜ッ!』や、稲本選手がゴールを決める際の『決めてくれぇ〜!』という、倉敷さんの実況がありましたね。

倉敷氏:そうですね。4
あれは、みんながそうあってほしいということだったと思いますね。
稲本は決めるんじゃないかという予感がありました。
稲本のゴールは嬉しかったですね。

2002年大会の時は実況陣も解説陣もレベルが急にあがっていって、面白かったんですよ。
『ミックスアップ』という言葉がボクシング用語であって、試合をしながらレベルが上がっていくということがあるんですが、ワールドカップ中継の実況・解説は急にうまくなっていて一気に全体のレベルが底上げされたような気がします。

2002年の大会は色々な意味で日本のサッカーに影響を与えました。
この日韓大会がなかったら、ドイツ大会では日本代表はあまりいい試合ができなかった。そして、今度の南アフリカ大会もおそらく日本代表は苦戦するでしょう。
そうなると、ブームが終わってもおかしくない状況なのですが、それでもまだ余りあるのは、この日韓大会のおかげだと思いますね。

日本はアメリカ大会の予選で大失敗(ドーハの悲劇)をして、1998年フランス大会予選のジョホールバル第3代表決定戦で、やっとワールドカップ出場を掴むことができました。
でも、フランス大会では中山のゴール一つだけで打ちひしがれて帰ってきて、どうなるんだと思っていたら、突然開催国になって初めてベスト16まで進出することができました。

さらに!という情熱を持って、ドイツへ行ったら、ドイツでは失敗してしまって・・・
なおかつ南アフリカでも失敗するかもしれない。
このまま行くと、次のブラジルがどうなるのか甚だ心配なんですが、2002年の貯金があるから大丈夫だと思います。
まだ、色々な意味で投資をしてくれる会社もあり、人も雑誌も見に行こうという情熱を促してくれているような気がします。
日本にとっては大事な2002年大会だったんじゃないかなと思っています。

1993年にJリーグが誕生して、94年98年大会を経ての2002年大会。
ここまではロケットのように、次々とこうエネルギーを後方に噴射しながら、連続したエネルギーの爆発によってJリーグというものが育ってきました。

僕はブラジルやイングランドと言った伝統国に咲く花は花壇に咲き誇る花とすると、Jリーグという花はまだまだ寄せ植えの植木鉢と言ったレベルだと思うのです。

ある日突然、サッカーというものが日本にやってきた。
それは、花壇に咲いたものではなくて、綺麗に寄せ植えで持ってこられた植木鉢のようなものだと僕は思っているんですね。
それが次の植木鉢を咲かせるために種を作って、花を咲かせているのだけれども、今は花が寂しくなっている状態です。ただ、いずれJリーグというものが本当に日本の中で根付いていく。
根付くと言うのはまさにそのことで、日本と言う花壇に、Jリーグという草花が根付いて、根を伸ばし、種をたくさん作って、僕らが何もしなくても自然に、太陽の恵みだけで大きくなる時代がくるはずです。
そのためには、まだ代表チームやナショナルチームの活躍というのは、太陽や水や肥やしであったりと言う風に必要なんだと思います。そうやって育てていかないと難しい。

Jリーグというのは企業から育ってしまっていて、企業から脱却できないかもしれないけど、それは寄せ植えだからです。
初めに、川があって、人が住むようになって、教会があって、教会に集まる人がいてボールを蹴るようになった国のサッカーと、僕らの国のサッカーは違うんです。
生い立ちが違っている。

5だけど、この国の経済力と、日本人の持っているまじめさがあるのかもしれませんが、Jリーグは長足の進歩を遂げて、今世界32カ国のレベルに入れるところまできているんです。
僕たちはもっともっと幸せになりたいという欲望があるから『なんだよー。ベスト4に入れないのかよ。』という文句を言う。
だけど32カ国に入れなくなると言うことが、どれだけ厳しいことなのか。
それはもう寄せ植えの鉢が日陰におかれるようなものなんです。

そうなったら、日なたに出られるまで待っていられるのかというのが心配ですよね。
ロケットのような推進力はないかもしれないけど、少なくとも32カ国に入り続けると言うことは、平行移動は続けているということです。
いわゆる無重力地帯にいるということで、次の星、次の目的地を目指していくための努力を続けなくてはいけない。

今回のDVDですが、2002年大会を含めて古きを学ぶということで、色々なサッカーの地植えの大会を見れるということはとても興味深いですし、いずれは僕たちのサッカーが地植えの花壇になっていくために必要な時間なんじゃないかな、と思います。

Shop:最後に、倉敷さんがオススメする大会を教えてください。

倉敷氏:日本代表が活躍した大会と言うことで、僕は2002年をおすすめしたいと思います。

これから日本代表は、楽じゃない道が続いていると思います。
何かを愛し続けるということは、何か小さなことを覚えていてあげることだと、僕は思います。
小さなエピソードや小さな癖とか、どんなところが好きだったのかということを忘れないであげることが必要だと思うんです。
あのときの情熱を、みんなが捧げ持って忘れないでいれば、必ず次につながると思いますので、僕らが一番輝いた時代をまた再現するために2002年を忘れないでいてほしいと思います。

【編集後記】
「Foot!」での穏やかな語り口調そのままに、実況時のように様々な比喩表現を用いて日本のサッカーとワールドカップについて熱く語ってくださった倉敷さん。
日本のサッカーの種を育んでいかなくてはいけないと、まるで子を思う親のように、サッカーに対する愛情に満ち溢れていました。
J SPORTS online shopでは、今回倉敷さんオススメの2002年大会を含めた全18大会のコンプリートDVD-BOXが絶賛発売中です!
2010年大会前に、ワールドカップが残してきた数々の歴史やドラマを振り返ってみませんか?

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6/11(金)までに、「FIFAワールドカップ™コレクション」(単品含む)を、J SPORTS online shopにてご購入のお客様全員の中から、抽選でゲストのサイン色紙が当たります。

福西崇史さんサイン色紙:5名様
亘崇詞さんサイン色紙:5名様
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第二回 亘 崇詞さん

J SPORTS online shopがお届けするワールドカップ直前特集ページ「私の記憶の中のワールドカップ」。
J SPORTSの放送でもお馴染みのサッカー解説陣を中心に、記憶に残るワールドカップの名勝負や、オススメの大会について語っていただきました。

第二回はサッカー情報番組「Foot!」の収録直後のサッカー解説者やサッカー選手としてもご活躍されている亘 崇詞さんにお話を伺いました。

J SPORTS online shop(以下shop):本日はお忙しい中ありがとうございます。
今回、DVD「FIFAワールドカップ™コレクション」が発売されることになりました。
早速ですが、ラインナップをご覧になっていかがですか?Ann_0567

亘 崇詞(以下:亘氏):82年86年90年の大会が気になります!

shop:どちらの試合が気になりますか?

亘氏:まず、マラドーナが大好きなので、82年のベルギーvs.アルゼンチン!
そして、ハンガリーvs.アルゼンチン!ブラジルvs.アルゼンチン!あとは、イタリアvs.アルゼンチン!
これはすごい!見ないとだめです!

shop:82年の大会では、マラドーナは・・・。

亘氏:はい、大失敗だったんです。でも、マラドーナは、78年のワールドカップを語る上では外せない存在なんです。
一大会しか出場できずに、さらに人生をかけて大失敗をする選手が多い中、ドラマみたいに82年から94年まで出場し続ける人って少ないと思うんですよ。
あのクライフでもそんなに出られなかったし。

私は78年のアルゼンチン大会では絶対マラドーナを出してほしかったんですよ。
なのに呼ばれなかった。要は生け贄にされたんですよ。
ルーケやケンペスといった選手たちに自信を持たせるためにマラドーナは生け贄になったんです。
公には17歳で若過ぎるから呼ばれなかったと言われていますが、本当はそうではないんです。
誰もがマラドーナを認めていたんです。が、どの選手を中心にするかという時に、マラドーナは若すぎたんですね。
ダニエル・バサレラ選手のような円熟味を増してしまった選手たちに『結局おまえらなんだぞ!』というのを、教えるために必要な存在だった。
そんなわけでマラドーナを語る上では、78年の大会が大切です。

それがあっての82年大会
82年大会のマラドーナは現代サッカーとは違って、ドリブルをひたすら仕掛けるんです。
同じところを何度も蹴られて、今だったら確実にファールを取られますけど、土や芝を噛みながらも立ち上がる姿がとても印象的でした。
僕が初めてリアルタイムでマラドーナを見たのは86年大会ですが、その時のマラドーナよりも82年の方が、実は人間味溢れるプレーをしていました。

shop:82年は、どのような経緯で見ることになったんですか?

亘氏:先輩たちにワールドカップっていう、すげえもんがあるって教えてもらって。
終わった後に、「146ゴール」というビデオを見せてもらったんですね。
大会中のゴールが全て入っているんですけど、そりゃもうすごいわけです!

ジーコがいて、ルンメニゲとか全部入っていたんです!

特にぐっとくるのは、エルサルバトル!
10点くらい取られて最多失点を喫するんですね(ハンガリーvs.エルサルバトル)。
あとは、「Foot!」の中でもお話しましたが、アラブの王様が降りてきてオウンゴールを取り消したという試合(フランスvs.クウェート)ですね。
2002年ワールドカップにこれがあったら、日本はどう対処したんだろうと思います。国の問題になりますから。

ゴールも素晴らしいですよ!全部。
ポストに当たらないと入らないような高いレベルのゴールが多いです。

shop:過去のワールドカップの中で、この試合は絶対見てほしいという試合はありますか?

亘氏: 90年のブラジルvs.アルゼンチン!僕のツボは、この試合です!
もちろん70年のブラジルvs.イタリアの決勝は素晴らしい試合だし、86年のブラジルvs.フランス。これもすごい試合です。素晴らしい。
2_3 

でもやっぱり僕のツボは、90年のブラジルvs.アルゼンチン。
雨霰と降るブラジルのシュートを耐えるアルゼンチンですね。
マラドーナのあの試合のドリブルは、若き日のぐーっと縦に切り込んでいくドリブルだったんです。
選手をひきずりながら、なぎ倒して最後はファールを何度も受けているんです。
決勝点はスルーパスをカニーヒアに出して、カニーヒアがゴールを決めました。
あの時のタファレルのがっかりした感じが印象的でした。
もう最高っすね!アルゼンチンだとあの試合だけで酒が飲めるんです!

shop:今のお話だけで、目の前にその光景が見えました。

亘氏:そうですか。これでもうマラドーナはないだろうと思っていた94年
この時僕はアルゼンチンにいました。
予選でだめだったシメオネという選手が10番で、『このチームは大丈夫か。』と思っていたところ、コロンビアに5−0で負けるんです。
試合の終わり頃には割れんばかりのマラドーナコールが沸き起こりました!
これがまた、『俺を呼べ。』とばかりにマラドーナが会場にいるんですね。

やっぱりアルゼンチン国内では、ワールドカップって大変なものなんですよ。
それまでは出場することに意味があって、ブラジルに根性を見せれば良かった。78年・86年に優勝したことで意識革命があって、優勝しなくてはいけない国になった。

そういうわけで、94年予選も結局マラドーナが救世主として出てくるんですよ。
そしてマラドーナのおかげかわからないですが勝って、アメリカワールドカップに出た。
78年のように、監督はシメオネや他の選手を信じているという風にやれば良かったんですけど、この監督がマラドーナに頼っちゃった。
2002年にバティストゥータに頼ってしまったのと同じで、最後は外部からのプレッシャーに負けてマラドーナを入れちゃった。
本当は入れたくなかったんです。
そして入れたことであのドーピングです。
一番がっかりしたのは、あの監督じゃないでしょうか?
もうないだろうと思わせながらもカミングバックする。
86年でやめておけばマラドーナは神でした。でも90年94年と再び出てくるんです。
おばけですよ、この人は。
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shop:アルゼンチンのサッカーに魅せられた理由は?

亘氏:まず、「ボールをゴールに入れる」という一番シンプルな部分を忠実に行っているところですね。
シュートでもパスでも縦にいくんです。これは一番勇気がいるんですよ。
『1対1なら必ず行く。2対1でもまだ行く。3対1でもとことん行く。』というシンプルさがアルゼンチンサッカーにはあります。ヨーロッパ人からしたら、『片側から攻めた方が良いんじゃないか。』と思うような、アルゼンチンの肩肘張ったスタイルが大好きなんです。
あと、根性とか人情とか日本人に似た気質があるんです。
南米に行った時、あるおじさんに、『お前の国にはタンゴに似ている演歌というものがあるな。』と話しかけられました。その方は何度か漁船に乗って日本に行ったことがあって、演歌を知っていたようです。
『お前んとこは戦争でロシアに領土を取られただろ。』と。アルゼンチンもマルビナスという島をイギリスに取られているんですが、
『演歌のしみじみした感じがタンゴに似ているだろう。』と言われました。
そういう人としての心の共通点も含めて、人も国もサッカーも僕が大好きになった理由です。

shop:86年にマラドーナが5人抜きをしたアステカスタジアムに、亘さんは行かれているんですよね。
亘さんはその場で5人抜きの動きを再現したということですが、どんな気分でしたか。

亘氏:やっぱり高地なんですね。こんな高いところで、あれだけのパフォーマンスをするのがいかにすごいことかを感じました。
ドリブルするのがこんなに大変だというのを体感しました。本当にきつかったですね。
選手たちがどれだけ体に負担をかけてプレーしていたかということがわかるスタジアムでした。

shop:他国から来る選手だと高山病になってしまう可能性もあったわけですね。

亘氏:そうです。運動することで酸欠にもなるし、一人で連続運動するのは、その後のことを考えるとやらないほうがいいんです。
86年準々決勝のマラドーナは、1つ目ハンドをしました。そして2つ目で、あの5人抜き。戦争で負けたイングランドに対してけんかではなく、サッカーでイングランドに対して、『さっきのゴールでハンドをしたけど、このゴールでチャラですよ。』と見せたところが国民の心を完全にとらえたんですね。

でもベストゲームで言うと、ブラジルvs.アルゼンチンの他にもう1つあるんです。
ワールドカップは、各国が自国のサッカーを見せ合う品評会としての要素もあるんです。
そういう意味で、90年の西ドイツvs.コロンビア。これはもう最高です。
『こういうサッカーがあるんだ。』と感じさせてくれた試合です。
歴史を追って見ていくとサッカーも変わっているし、そういう変遷に着目して見ていくとすごく面白いと思うんです。

94年のアメリカ大会からのワールドカップは巨大なビジネスになっているんです。
やっぱり僕は、82年86年の自国の誇りのために戦っている、手作り感のあるワールドカップが好きです。
そういう意味でワールドカップは最高なんです。やっぱり4年に1度の祭典なんです。
世界中の色んな国のプレースタイルを学ぶけど、真似はしない。
そこに面白さがあると思いますね。

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shop:アルゼンチンの選手を訪ねていらっしゃる亘さんですが、印象に残っている選手は?

亘氏:僕の中では、アリゴ・サッキ。あとはマラドーナ。
他にはバスワルドという90年にマラドーナと一緒に出ていた選手や、ブラウンという86年に出場していた選手は話すと重みは尋常じゃなかったです。
ムーンディアルをとるということは、日本人の『チャンピオンになる。』ではなくて、
新たな動物になるみたいなものなんです。生まれ変わるです。
アルゼンチンの国民は、サッカーをやってた人ばかりなんですよ。
1部でやったとなるとだんだん少なくなってきますが、もっとステイタスが高い人になると、リベルタドーレスでやってたとかね。
さらに上になってくると、リベルタドーレスでカップ取ったことがある。
ワールドカップに出たことがあって、優勝したことあるなんて言ったら、もう別格なんです。神です。

shop:亘さんは、マラドーナと一緒にプレーをしたことがあると聞いています。
実際お会いして、いかがでしたか?

亘氏:神です、神。
その時は、私を含め選手たちが試合前のマラドーナにサインをねだっていて、マラドーナはそれに応えていたんですが一区切りつけたところで、『君たちはプロのサッカー選手だったよね。集まろうよ。』と選手たちを集めたんですね。そして『とにかくサッカーでこのピッチに入る以上、負けないで勝つことだけを考えよう。俺らは誇りを持って、相手をやっつける。それがサッカー選手の義務だ。』と鼓舞したんですね。それを聞いて、周りが『おー!』となって、緩んでいた気持ちが締め直されました。
90年もブラジルやフランスなどの強豪と当たる中、こうした強い気持ちを持って戦っていたんだろうなと思いますよ。

shop:2010年ワールドカップの代表にも選ばれているメッシ選手やカルロス・テベス選手は、よくマラドーナと比較されていますが、亘さんはどうお考えですか?

亘氏:僕はメッシはマラドーナに全く及ばないと思っていたんですよ。というのも、マラドーナの若い頃のビデオを見ればわかると思うんですが、ものすごい左足のシュートを持っているんですよ。それだけでなくすごいヘディングも、ゲームメイクの才能を持っていて、素晴らしいフィニッシャーだったんですね。
メッシはうまく現代サッカーの波に乗って、うまくゴールを量産している。
もちろん十分匹敵はすると思いますが、マラドーナとはまた違うと思っています。
ただ国民はマラドーナとメッシの実力が匹敵しても、同等だとは絶対言わないと思います。
メッシは日本ほどアルゼンチンでは評価は高くないんです。マラドーナは別物ですよ。
戦争に負けたイングランドをやっつけてくれたんですから。
歴史までもをどうだと言わしめたので、届きようがないんです。
まず、メッシやテベスは国のために戦わないと。
ブラウンも86年にユニフォームに穴を開けながらも決勝でプレーをしたし、ベッケンバウアーも70年大会で肩を脱臼しながら戦いました。4年後は出場がないかもしれないので、誰もが一生懸命なんです。
ワールドカップは、選手が命がけで戦う、本当にドラマティックな大会ですよね。

【編集後記】
ワールドカップの各大会のリストを一目見るなり、わくわくした表情で大会や試合について語ってくださった亘さん。
アルゼンチンサッカーへの情熱や熱意をひしひしと感じました。マラドーナのプレースタイルの変遷や、実際に会った時の印象を、まるで今その現場に立っているような語り口でお話してくださり、話を聞いているこちらも思わず興奮してしまいました。
J SPORTS online shopでは、今回亘さんオススメの1982~90年大会を含めた全18大会のコンプリートDVD-BOXが絶賛発売中です!
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6/11(金)までに、「FIFAワールドカップ™コレクション」(単品含む)を、J SPORTS online shopにてご購入のお客様全員の中から、抽選でゲストのサイン色紙が当たります。

福西崇史さんサイン色紙:5名様
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なお、当選者の発表は商品の発送をもって代えさせていただきます。

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第一回 福西 崇史さん

J SPORTS online shopがお届けするワールドカップ直前特集ページ「私の記憶の中のワールドカップ」。

J SPORTS online shopで好評発売中の「FIFA®ワールドカップコレクション コンプリートDVD-BOX 1930-2006」の発売を記念して、J SPORTSの放送でもお馴染みのサッカー解説陣を中心に、記憶に残るワールドカップの名勝負や、オススメの大会について語っていただきました。

第一回はサッカー情報番組「Foot!」の収録直前の元日本代表 福西崇史さんにご自身が出場されたワールドカップの思い出を中心に伺いました。

J SPORTS online shop(以下shop):本日はお忙しい中ありがとうございます。
福西さんと言えば日本代表のMFとして日韓、ドイツと二度のワールドカップに出場されていますが、まずは、最初に見たワールドカップはおいくつの時でしたか?

福西さん(以下:福):
何歳の時かはわからないですが、1990年のイタリア大会だったと思います。
スキラッチがこぼれ球を押し込んだシーンを覚えています。
好きだった選手はフリット(イタリア大会出場/オランダ代表)です。
あの姿(ドレッドロックがトレードマーク)がとても印象的でした。
最近は、色々なスタイルの選手がいますが、あの当時のフリットのスタイルは衝撃的で『世界にはこういう選手がいるんだ。』と思いました。
あとは、1994年のアメリカ大会もしっかり見ていました。
でも、一番見たのは日韓大会です。
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shop:「見た」ではなくて、「出た」のでは?

福:もちろん出ましたけど、テレビでも見ていました。
2006年のドイツ大会よりも、2002年の日韓大会の方を多く見ましたね。

shop:実際に日韓大会に出場してみていかがでしたか?

福:いやー、思ったより震えましたよ!。
開幕とか、初めてプロになった時とか、何度か大きな緊張は経験していたので大丈夫だろうな、とは思っていたのですが・・・
さすがに震えましたね。

shop:なるほど。経験豊富な福西さんでも震えてしまうんですね。
今まで出場してきた試合とワールドカップと違いはありましたか?

福:正直わからなかったです。自分の中で勝手に出てくる緊張感です。
プレッシャーなんて自分で作ってるものじゃないですか、結局。

shop:日韓大会は開催国ということで、日本も特に盛り上がっていたと思います。
私は、当時高校生だったのですが、学校を休んで一家で札幌までドイツvs.サウジアラビアを見に行きました。

福:皆さんすごい行動力でしたよね。
北の丸の周辺をバスで通った時、朝早い3時ごろにもかかわらず、人がすごかったのを覚えています。
自分たち選手はバスから降りられないのに、みんな応援しにきてくれていて、『これがワールドカップか』と思いましたね。

shop:「ワールドカップの試合」と、言うことでの見所などありましたら教えてください。

R0013474 福:まずは、常に真剣勝負だというところです。
国を背負ったありえないくらいの緊張感で、世界中の名だたる選手がその緊張感を背負っていて、いつもよりも真剣な表情が見れます。
最高級のプレイを見ることができるのは、ワールドカップならではですよね。

shop:日本戦以外でオススメの試合ってありますか?

福:自分の好きな選手、好きな国がいいんじゃないですか。
僕はパスが好きで、スペインの試合とかが好きです。
面白いと思うのは、黒人の選手達ですね。ものすごい身体能力があるのに、すごくラフな動きをするところとか。

shop:国民性は感じられましたか?

福:感じますね。体質というか。

shop:ワールドカップの現場で他国の選手とのコミュニケーションはありましたか?

福:自分は特には他国の選手とはなかったですね。
ヒデや、海外組の選手は多かったと思います。
ただ、一番すごかったのはジーコです。
海外の選手が写真撮りにきたり、ベッカムがユニフォームを持ってきて渡したりしていました。
ジーコはブラジルの選手からはものすごい人気でしたね。
会場もジーコが出てきた時の方が歓声が大きかった(笑)。
やっぱり「世界のジーコ」でしたね。

shop:2006年ドイツ大会の時は、ジーコとはどのようにコミュニケーションをしていたのですか?

福:通訳の方が常について、英語とポルトガル語でやっていました。
ジーコはこちらが言っていることはだいたいわかっているようでした。
直接指示されることでは言葉の壁など感じなかったですね。R0013488_2

shop:(J SPORTS online shopのDVD一覧を見つつ)今、このDVDのタイトルをご覧になって改めて見て見たい大会はありますか?

福:やっぱりアメリカ大会ですね。
バッジョが出た決勝を見たいです。自分の知ってる選手が多いのと一番真剣に見始めた大会なので、一番見たいかなあ。

shop:いよいよ6月にワールドカップが開幕しますが、日本はどうでしょうか?

福:どう思いますか?

shop:あまり今は調子が良くないように思えます。

福:そうなんですよね。

shop:福西さんは、3月にカメルーンvs.イタリアの親善試合に行かれ、エトー選手にインタビューをされたと伺っています。
エトー選手のコンディションはいかがでしたか?

福:あまり良くないようでしたね。
他のチームができてるというよりも日本のチームがどうしたいかですよね。
今、完成している必要はないと思います。
まだ、時間もありますし。どのチームもこれから調整していくという感じだと思います。
ただ、調整していく段階のまとまっていっている部分が今見えないから、ちょっと盛り下がっているんじゃないでしょうか。
でもすごい心配ってわけではない。他のチームもできてるとは思えないし。あと、選手は個々で考えている時期だから。

shop:日本代表戦がらみで一番見てほしい試合はどの試合でしょう?

福:やっぱり日韓ワールドカップの試合ですね。初戦(ベルギー戦 2-2)が一番見てほしいかな。
あの会場といい、雰囲気といい、日本のスタジアムがこうなるんだ!というところを見てほしいです。
日本でもあんなすごい試合ができるというところを感じてほしいですね。

日本のサッカー界の目指すところはあそこ。

shop:日韓ワールドカップは会場がJリーグでもおなじみのスタジアムでしたが、それでもW杯ということで特別な感じでしたか?

福:選手それぞれ、自分の思い入れ次第だと思うけれど、思い入れが強い選手はより緊張していました。
Jリーグだったら会場の入りは半分くらいなので、それと比べちゃうと、やっぱりしびれるところありましたね。
サポーターの意気込みもひときわ感じるところがありましたし、そういう気持ちも伝わってくるから余計に緊張しました。

shop:ドイツ大会では普段プレーをしていないスタジアムにいくわけですよね。ピッチに立ってみて、「ああ、これがワールドカップなんだ」と思い直した部分はありましたか?

R0013490 福:向こうに行くと、外国人が多くて、日本人と同じようにお祭りで肩組んで歩いているところを見ました。日本から来てくれたサポーターも多く、試合前日に散歩していた時も、日本の旗持った日本人が現地の人に混ざって一緒に飲んでいたりとか見かけて・・・
そういう姿見た時は、「ワールドカップだなあ」と思いました。
グラウンド入れば、対戦相手のピリピリ感は伝わってきましたよ。
こっちもピリピリムードでしたけど。
それが「ワールドカップなんだ」と言う感じですね。雰囲気は周りが作ってくれるものだと思いました。
あとは自分自身の問題ですね。いつもやってるのに、足がつったりとか、声が出なくなったりとか。そういう風にならざるを得ない雰囲気っていうのがありましたね。

shop:「力入りすぎちゃってるな」と思うことはありましたか?

福:一番最初が特に緊張しました。ファーストタッチが。普通にボール触っているのに、会場中の視線が、今この瞬間ボール一個に集まっていると思うと、力入ってくるんですよね。世界が見ているわけですから。
どれだけ平常心でできるかというのが大事だと思いました。

shop:サポーターの方に励まされたこととかありましたか?

福:もちろんありましたよ。失敗しても日韓大会であれば周りはみんな応援してくれるし、ドイツであっても日本人がいっぱいいるので励ましてくれるし。
いいプレッシャーも、『いけーっ!』ってひとつになって叫んでくれるのも、選手全員に聞こえていますからね。

shop:ホームとアウェーの違いってやっぱりあるんですね。

福:ええ、多少ですけどあると思います。
外国と日本の差っていう環境の部分は大きいですよね。
日韓大会の時は良すぎましたからね。
サッカーは日本の国技じゃないけど、そういうふうに持っていければ、いいなと思いますね。


【編集後記】 
2002年日韓大会2006年ドイツ大会と2回に渡ってワールドカップにご出場された福西崇史さん。 
スタッフも選手時代にスタジアムで応援していたことがあるため、お話を伺うことができて、感激もひとしおでした。 
プレイヤーとしてワールドカップに関わったことがある方だけに、スタッフ全員その舞台裏のお話に興味深々でした。 
ご自分を客観視して、淡々と当時の思い出について語ってくださる姿は、プロ選手時代の福西さんを思い起こさせました。 
今は、指導者という立場に立つことも多くなったという福西さん。 
その言葉の端々には「サッカーを、日本でよりメジャーなスポーツにしたい。」という気持ちが溢れていました。
 
福西さんご自身が出場され、オススメ試合も収録されている「FIFA® ワールドカップ 韓国/日本 2002」、「FIFA® ワールドカップ ドイツ 2006」のDVDを筆頭に、
J SPORTS online shopでは、1930年の第1回大会から2006年ドイツ大会まで、全18回の大会のコンプリートDVD-BOXが絶賛発売中です!
このDVDを見て、来る2010年のワールドカップに向けて、盛り上がって行きましょう!

【プレゼントのお知らせ】R0013509_2
6/11(金)までに、「FIFAワールドカップ™コレクション」(単品含む)を、J SPORTS online shopにてご購入のお客様全員の中から、抽選でゲストのサイン色紙が当たります。

福西崇史さんサイン色紙:5名様
亘崇詞さんサイン色紙:5名様
倉敷保雄さんサイン色紙:5名様

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なお、当選者の発表は商品の発送をもって代えさせていただきます。

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